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大学生活を振り返って

 私は2013年3月、大阪大学法学部法学科を卒業しました。 大学生活の感想を書いていきます。

 大学の卒業証書です。 大学の卒業証書は、学位記と呼ばれます。

大阪大学卒業証書

 4年間の大学生活はとても楽しかったです。 中学、高校、浪人とだんだん将来への不安がたまって右肩下がりの人生だと思っていましたが、 大学に合格すると、大学生活はバラ色でした。

 自分の好きな法律という分野で毎日学問をし、 アルバイトを頑張って法律関係の書籍を買いあさりました。 受験勉強のころより勉強していたと思います。

 

大学1年生を振り返って

 大学1年生を振り返ると、「これから何が起こるんだろう」というドキドキ、ワクワク感でいっぱいでした。 4月はとにかく知らない人に話しかけることで友達を作り、 5月は早々と自動車学校に申し込みをして6月には免許をとり、さっそく原付を購入しました。

 夏は学生寮の友達に無理やり「涼宮ハルヒの憂鬱」をみせられて、アニメの世界に一歩を踏み出しました。 3人で一緒に西宮北口や芦屋のほうへ聖地巡礼にも行きました。

 そして学部でつくった友達と4人で四国へ旅行に行きました。 修学旅行以外で友達と旅行するのは初めての経験で、夜6時にはほとんど真っ暗で車すら走っていない田舎でも大変楽しめました。

酔い潰れた

 また浪人の経験のおかげで入学後すぐに20歳になり、学生寮の先輩に居酒屋に連れて行ってもらいまくりました。 豚インフルエンザで大学が1週間休みになり「豚インフルエンザなんかクソ喰らえ!豚肉食いに行こう!」と焼肉に行ったのは記憶に新しいです。 頭の良い先輩方だったので大変刺激的でした。

 秋にはコンビニアルバイトを始めました。 「女の子いるかな~」と軽い気持ちで応募したら、夕勤すべて理系の男という絶望のアルバイトが始まってしまった・・・ なんて思ったのも束の間。お客がいないときの雑談がとても面白く、 楽しいアルバイトになりました。

 大学1年生はとにかくすべてが真新しく、汚い学生寮でもバラ色の人生がスタートしました。

 

大学2年生を振り返って

 1年生から2年生になる春休みに、京都に通ってバイクの免許(普通自動二輪)を取りました。 というのも学生寮のOBさんが大学院を卒業して就職するにあたって、バイクを処分したいということで5万円で譲ってもらえることになったのです。 そのころには立派なアニオタになっていて、「Only my railgun」を聴きながらバイク教習所に通っていたのを覚えています。

 手に入れたバイクは、青の「CB400SF2」 ホンダのVTECが搭載された非常に扱いやすいバイクで、これでアルバイト先に通っていました。

 夏にはバイクで高速道路に乗り、実家に帰りました。初のツーリングです。 本当は友達とツーリングをしたかったのですが、当時は誰もバイクに乗っていませんでした。 なかなか寂しいものです。

空き缶

 現役合格組の友達もだいたい成人して、このころから酒を飲みに出かけることが多くなりました。 とはいってもまだ常識の範囲内。週に1~2日、友達と酒を飲み、ピザを食べ、鍋を囲んだりしていました。

 勉強の邪魔になるからと先輩にPS2を譲ってもらったり、国Ⅰに合格して内定をもらって暇になった先輩がPS3を買いに行くのについていって、 同じ屋根の下に住んでいるのになぜか2人でそれぞれPS3を1台ずつ買ったりして、部屋にテレビゲームが増えました。 このころから友達が部屋に来て一緒にテレビゲームをすることが増えました。

 勉強にもますます熱が入り、常にしっかり勉強していたので試験期間こそやることがなく、 試験の合間に友達とギャルゲーをして女の子を落とすという意味の分からないことをしていました。 また「龍が如く3」を購入して徹夜でプレイし、1、2限の講義に出席してそのまま寝ずに深夜までプレイしてクリアしたのもこのころです。 実に24時間起きっぱなしで、その上でちゃんと講義も受ける。我ながら恐ろしい体力がありました。

 

大学3年生を振り返って

 大学3年生は、私が人生で最も「頭がおかしかった」と言える時期でした。 仲良くしてもらっていた先輩方が卒業して、「俺の大学生活はどうなってしまうんだ・・・」と思っていましたが、 友達が全員成人しました。居酒屋通いはなくなるどころかますますエスカレートしました。

 週に2~3日は学部の友達と飲み会をし、週に3~4日は学生寮の友達と飲み会をしていました。 カラオケ熱も出てきて週に5~7日は酒を飲んで週3日はカラオケで歌っていました。 あんなに遊びまくった1年は他にはありません。

 アニメ熱もいよいよ最高潮に達し、放送中のアニメを一期あたり10本、過去作品もあわせて1年で60本のアニメを観ました。 アニメやラノベ趣味の友達とアニメの話をし、法律の話をし、夜はくだらない話をして過ごしました。 学生寮でもメインの学年になり、とにかく遊びまくっていました。

アニメグッズ

 一方で夏はインターンシップに参加し、単位も順調に取り続け、3年生が終わるころには残すところ2単位という状態にもっていきました。

 ゼミでは行政法ゼミに参加しました。 ゼミに入って驚いたのが、半分以上が大学院生で、そのうちのほとんどが留学生だったことです。 中国人、台湾人、韓国人と東アジア諸国の学生が集まって、やたら行政法に詳しく、 さらに日本人の大学院生は国税庁の職員というものすごいゼミでした。

 当然、大学院生の熱い議論についていけるはずもなく、すべてが勉強のゼミでした。

 中国や韓国には良いイメージを持っていなかったのですが、 留学生には完全にイメージが変わりました。面白く、優秀で、楽しい人たちでした。 本物ばりのビブラート、声量で演歌を歌う中国人なんて想像したこともありませんでした。

 このころ、日本国憲法の謳う理想の社会が見えてきて、芦部憲法に傾倒しました。 二重の基準論やLRAの基準は憲法の運用に資し、時代が変わってもなお昭和憲法が生き続ける。 硬性憲法でありながら柔軟に社会に対応する憲法に感動をおぼえました。

 酒ばっかり飲んでいたので夏には体重が気になり始め、毎晩2時間お散歩をするという取り組みを行いました。 ダイエットを研究して、「ブラックコーヒーを飲んで脂肪を脂肪酸に変えて、体温を上昇させようとする機能を活用するため薄着で2時間の有酸素運動をする」 ことで1か月で10キロの減量に成功しました。

 

大学4年生を振り返って

 就活では4月中に内々定を得て、今度は古本屋での昼のアルバイトを始めました。 おばちゃん社会にうまく馴染めず、同じバイトの男3人で集まって居酒屋に行ったり、思いつきでレンタカーを借りて富士急ハイランドへ行ったりしました。

 絶叫マシン嫌いの私だけでは絶対に行かない富士急ハイランドですが、「フジヤマ」と「ドドンパ」に乗り、 恐怖を体験しました。

 その帰りにまた思いつきで富士山5合目まで車で登りました。 合羽を着ずに急流滑りに乗ったせいで全身びしょ濡れの状態での富士山5合目。 夏なのにものすごく寒く、凍えました。山はすごいですね。

 当然山を登るわけもなく、売店でお土産を買って帰りました。 夕方だったのもあって富士山は薄暗く、得体のしれない大自然の恐怖と戦いながらの下山になりました。

富士山山頂

 卒業を控えてだんだん寂しくなってきて、とにかく大学に通いまくりました。 が、行くのは教室ではなく図書館でした。 生協の書店で法律の本を買いあさり、図書館で勉強し、帰宅してやはり勉強していました。

 大学4年間で一番勉強したのがこのころでしょう。 就職する不安、卒業する不安、バラ色の人生との別れの不安を隠すように勉強しまくっていました。 勉強はいいものです。勉強しっぱなしの人生を送っていたので、勉強することで心が安らぐようになってしまったのです。

 管理人のおばちゃんとも仲良くやっており、管理人室前でよく寮生で集まって雑談をしたものです。 酔っぱらって寮まで帰れたはいいものの、自分の部屋まで帰る元気がなく、 一緒に飲んでいた友達とここで力尽きて倒れ、朝出勤してきた管理人のおばちゃんにたたき起こされたものです

管理人室

 秋にはプレ卒業旅行として台湾旅行をしました。 生まれて初めての海外旅行、生まれて初めての飛行機で大変心が躍ったものです。 海外の異文化に触れるというのを正直なめていました。

 台湾ではカタコトの英語が通じるどころか、簡単な日本語が通じます。 台湾語で話しかけられ、通じないとわかるや否や「日本人ですか!?」と日本語で聞かれるのには驚きました。

 大変にこやかで、親切で、猫空(まおこん)ゴンドラでは夜景が見やすいほうの席を譲ってくれたり、 CDを買ったら店員さん2人がかりでポスターを探してプレゼントしてくれたり、 売店では台湾人のおばあさんと日本語で雑談をしたりと大変思い出深いものになりました。

 冬には卒業旅行でイタリアへ行きました。 ローマやフィレンツェ、ミラノは「ああイタリアだ」という感じで、 200ユーロのサングラス(EMPORIO ARMANI)を買ったり、ハットを買ったり、 灰皿を買ったりして楽しんでいました。

 教会めぐり、世界遺産めぐりをして、古い歴史を実感しました。 イタリアはこんなにおしゃれなところだったのかと驚き、 写真で見るのと現物を見るのではこれほどまでに違うということを知りました。

 イタリアではイタリア人の英語もカタコトなので、カタコト同士なかなか話が通じずコミュニケーションは難しかったです。 しかし身振り手振り、スマートフォンを使っての筆談はなかなか有効で、 無事に買い物も観光もすることができました。

 特筆すべきはヴェネツィアです。 正直なめてました。 海外なんて楽しいけど1回行ったら充分だろ~なんて思っていた時期が私にもありました。 「人生観が変わった」なんて大げさすぎると思っていました。

リアルト橋

 ヴェネツィアおしゃれすぎ!!!!!! これほどまでに景色に感動し、美しいと思い、ここに住みたいとまで思ったことはありません。 世界にはこんな美しい場所があるのかと、自分の視野の狭さを実感しました。

 ムラーノ島のガラス製品は大変美しく、私もガラスの灰皿を購入してしまいました。

 2つの海外旅行を経験して、海外旅行が好きな人たちの気持ちがわかった気がします。 人生観が変わったわけではありませんが、本当の願望というものが見えた気がします。

 海外旅行を終えて大学生活は終わりました。